オーストラリアのQLD州、マッカイからバス乗りつきながらで約3日かけて大陸の真ん中に到着。行きはまだよかった。印刷されたバスのスケジュールを見ながら、遅すぎず早すぎない時間帯内で町なかを移動できるなと、しめしめバックパッカーズホステルを探していた。
が、帰りのスケジュールだ。「2:30am着 テーナントクリーク」 と書いてある。
世の中よく出来ているもので、そういうバス停を持つ町は、そういういい具合にピックアップをしてくれる宿ないしサービスというものがたいていある(ということをこのとき学んだ)
「VIP BACKPACKERS HOSTEL 24HOURS PICK-UP!!」
暗闇に浮かぶがごとくのバス停に突っ立つ私をピックアップしてくれたバスのおっさんは、とってもオージーな風な帽子をかぶり、服をきて、言葉をはなした。ホステルの駐車場について受付はもう閉まってるから明日にしてね、なんていって私に部屋の鍵を渡してくれた。
おっさんは、ホステルのオーナーなのか?
「ちがよ、ドライバーだあよ」
おっさんのバスは、この一人ぼっちのアジア人に対する哀れみなど皆無に私を駐車場に残して闇夜に走り去っていった。あの後姿はいまでもはっきりと覚えている。心細いような、でも、これが、まったくはじめてのひとりっきりという感覚なような気がして、とてもワクワクした。あたりはとても真っ暗で、人の気配がまったくない。
ホステルはアパート的な造りになっていて、各部屋のドア上に付けられている外灯が、明りを無言で放っている。外廊下ですべてが繋がっている。ちいさな庭や、きっとお客がたくさんいる時はここでみんなで食事をするんだろう大きな古いガーデンテーブル・・・
レセプション窓口に付けられた「WELCOME!」のネオン看板が唯一、このホステルでいまだに働いているもののようだ。
それにしてもまったくWELCOMEされている感じはないし、VIP感もない。どうしてこんな名前をつけたのか、まったくわからなかったけれど、その自由な感じはなぜだか私を楽しませてくれる。
キッチンがレセプションのすぐ隣にある。ちらっと中を覗いて、第一村人発見、 白人のおやじがソファに足を伸ばして座ってテレビを見ているぞ!
初めてのひとりきりが終了してしまった。しかもそのころの私は今よりも輪をかけてシャイだったので、キッチンに入るのがしのびなかった。英語は、旅行に困らないくらいはしゃべれし英語で喧嘩だって出来る、当時はそんなことを自慢していたけれど、いざというとき、自分自身をオープンにすることがとても難しい作業のように感じていたのだ。
そういうわけでスルーを決断。
とりあえず、そうだ、タバコを吸おう。
一服しに庭へ出た。が、自分の部屋に戻るにはキッチンの前をまた通る。
まあ、スルーしようか、なんて考えていたらキッチンのおやじの姿が、そののドアから半分ぬっと出ているではないか。その頭は、間違いなく私の方を向いている・・・!
とても背が高く、表情の読みにくい青い瞳が目に入った。50代くらいの、細身のガテン系なおっさんだ、という印象はあったが、こんな時間にキッチンでテレビ見て、というか、こんな時間の、こんなオーストラリアのど真ん中な場所の何もなさけなところに、なにしているんだろうか。と、不思議で、なんだかこのおっさんが妖精にみえてくるような・・・
だれなんだろう・・・
「チェスは、するかい」
は? と思ったが、すぐに補足を話してくれた。
「明日の朝一で仕事に出るから、寝ずに起きていたんだが、退屈だし・・・チェスの相手でもいないかと思ったんだけれど、どうやらだれもいないね。」
するよ、ちょっとだけ。昔、母親とやったことがある。
するとおっさんちょっとうれしそうに「チェスは世界一有名なゲーム、いい教養なんだ」
と言った。
おっさんが壁のスイッチをつけると、キッチンの入り口前にあるささやかなスペースに灯りが燈った。ぱっと明るくなったかと思ったら赤や緑のにぎやかな光が現れた。時期はずれのクリスマスの電飾が天井につるされ、おそらく何年間も同じ状態なんだろうままの姿勢で、今はささやかなパーティのように輝いている。量販店で売られているただ普通のものだけれど、そうではなかった。一 つのシンプルな物体というものが、落ち着いた華やかさを帯びている。静かで、彩り豊かだが優しく、サイレントパーティのような空間のすぐ隣には、完全分離 した夜闇がみえる。思い出でそう感じているのではなく、そのリアルタイムでそう思ったことを思えている。灯りの下には古ぼけだいぶ痛んでいる木製のテーブルがあり、上面にチェックのチェス版が書かれていた。
時間もだいぶ遅いしと一勝負だけ承諾すると、おじさんはキッチンに戻るとどこからかチェスの駒を持ち出し、どれどれとテーブルに付いた。
おやじの始めたチェスゲームはゆっくりとした一定の流れですすんでいったが、何分間続いたかは覚えていない。私がチェックメイトを言い渡されたときにはおやじの手元には、私のポーンもビッショップも・・・キングとひとつのポーン以外のすべてがいた。
はは、と静かな笑顔のおやじは、今までにみたタイプの人間のとは少し違っていた気がする。
スカイプとかしながらね、息子とたまにチェスするんだ。・・・アメリカに住んでいるんだよ。彼も、いいプレーヤーでね、自分が教えたんだ。
よく、いっしょにゲームしたんだよ。
アメリカ、仕事してるんだよ、息子ね・・・・
青い瞳が笑っている。
不思議なパーティは終始静かなまま、そのまま夜の静けさのなかに混ざりこむように終わりを迎えた。
だれもいないドミトリーの4人部屋、床に敷かれた赤土色の絨毯、黄土色の毛布。下段のベッドにもぐりこんでみると、体の下でばねがぎしぎしとさび付いた音を立てた。
どこから来たの、名前はなに?何しにここへ来ているの?なにをしているの?そんな一切の質問がされなかったことに私はふと気が付いた。
おっさんの目に、私はその相手であって、異国の人間でもアジア人でもなかった。
女でもなければ男でもなかった。
言葉はまるでそれ自体の存在が忘れられ、私は、ひとり私という人間にさせられていた。
大げさに感じすぎていたかもしれないけれど、それが初めての、完全にひとりきりになった瞬間だった。そして、
過去も未来もなにもない一瞬を感じた、第一日目だったようにも、思う。
おっさんとそのアメリカに住んでいる息子のことを想う。
ところでその翌朝、どこから現れたか4,5名のトラベラーがわらわらと部屋から現れ、挙句の果てに昨夜のバスドライバーも現れて、とりあえずみんなそろってテーナントクリークのツアーに出かけた。バーベキュー込み、夕日観覧込みで99ドル!え!?
結局このバスドライバーは、何者なのか。しかしとてもいいツアーガイドで、アボリジニの現在残る文化のこともいろいろ話してくれた。テーナントクリークにいかれた際は、ぜひ「VIP BACKPACKERS」へ!!
DEVIL'S MARBLES
日本から出て、初めてのひとり海外だったある日。
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